あっという間に半年が経過しました。
どことなく予感めいたものがあった通り、半年間続けた人工授精は上手く行きませんでした。
その間も旦那との仲良しは続けましたが、これまでのような義務感は無くなったことだけは唯一良かったことと言えるかもしれません。たとえ人工授精の前日であっても、回数は多い方が良いとのことでしたので、お互いの体調や雰囲気で程よくスキンシップできていたかと思います。
ただクリニックへの通いと待ち時間は本当に苦痛で、それが一番精神的にも肉体的にもしんどく自分を苦しめていました。
毎月安くないお金も掛かっており、早く結果が出て欲しいと思いながらも実らない、これの繰り返しの日々。
AIHで上手く行った人もいるとは思うので言い辛いのですが、私たちにとってAIHは不要だったと後悔しています。
そしてついに熊医者(名医)から、次のステップを切り出されました。
そう、
体外受精です。
年齢的には32歳、まだ子供が生むのに遅すぎるという年齢ではありません。
が、適齢期は過ぎつつある年齢でもあります。ただ、
検査ではなんの問題も無いという中での体外受精
・・・重いです。
早く子供に会いたかったけど、その大変さ(肉体的・精神的・費用的)を想像すると今の段階でこの決断をすべきかどうか・・・すごく悩みました。
旦那とはもちろん『人工授精が半年でダメだったときにどうしようか』という話はフワっとしていましたが、具体的に体外受精をやる・やらないの判断までは至っていませんでした。
なので旦那とは色々と話し合い、結果、私たちは
『今は体外受精に踏み切ることをせず、しばらく自分たちで頑張ってみよう』
という決断をしました。
理由は以下です。
・卵子の老化程度はまだ大丈夫
・精子も特に問題ない様子
・まだ確率的に薄いところを引いているだけの可能性も十分ある
・体外受精となると最大数百万円は覚悟しなければならない
私たちの置かれた状況を改めて冷静に鑑み、掛ける労力や生活への影響・掛かる費用などを総合的に考え、出した結論でした。
このタイミングにおいては、同じような理由で、同じような決断をする夫婦も多いと思います。
私たちの場合、不妊の原因は『原因不明』ということのようです。
不明てなんやねん
単に確率的にハズレを引き続けているか、あるいは原因があるかもしれないがまだ医学では解明されていない妊娠のメカニズムにおけるどこかの部分で障害があるか。
熊先生曰く、『原因不明』の夫婦は結構な割合で居るとの事でした。
不謹慎かもしれませんが、私の性格や性質的に「原因があった方がまだ良かった」と思ってしまいます。だって子供が出来ない理由がわかっているわけだし、そこに意識をフォーカスすれば良いのですから。そしてそれは言い換えると、「その原因を解決すれば子供は出来る確率は高い」と言えるわけですから。
と思ってしまうくらい、私は自分のモヤモヤを、その葛藤を、怒りの矛先を向けるターゲットが見つからず、迷子になっていました。それは、旦那も同じだったと思います。
熊先生には一旦、「1年くらいお休みしてみます」ということを伝えました。
熊先生は、私たちの意思を最大限に尊重してくれました。
熊先生「大変でしたけど、よく頑張りましたね。ちょっとリラックスして普通に過ごして、それでももしまた再開することになればいつでも来てください」
と、相変わらず淡々とした言い回しでありながら、その言葉からあふれる優しさと、私たちを見送るまなざしに涙が出ました。
そして、
私は銀行員の仕事を辞めました
本格的に、妊活に専念するためです。
多分、仕事におけるストレスというのは妊娠率に大きく影響していると確信していました。
旦那は兼ねてより『俺が食わせるだけ稼ぐから、いつでも仕事はやめていいよ』と言ってくれていましたし(そんなに高給取りでもないくせに / でも男前な発言)、もし生活的に苦しくなったらまぁアルバイトでもなんでもすればいいや、と思っての決断です。
結果的に、この判断は良かったと思っています。
仕事を辞めてからというもの、社会から断絶されたことへの疎外感を感じることもなく、贅沢はせずとも優雅に、リラックスした日々を過ごすことができました。
私は料理が好きなので、仕事で疲れて帰ってきた旦那が喜んでくれそうなメニューを考えるのも楽しかったし、少し自転車で街中に行って雑貨屋さん巡りやデパチカでおいしそうなお菓子を見繕い背徳のおやつタイムを楽しむことも至福でした。
時間は穏やかに流れていきました。
その生活を続けていた数か月後・・・
とうとうあの事態が発生したのです。
◆続き
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